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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)8403号 判決 1968年9月24日

原告 竹原品子

右訴訟代理人弁護士 上村真司

被告 河田雅彦

<ほか一名>

右被告杉原訴訟代理人弁護士 三枝基行

主文

被告河田雅彦は原告に対し、金一、二三〇、〇三九円およびこれに対する昭和四二年一二月二一日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告河田雅彦に対するその余の請求および被告杉原茂雄に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用のうち原告と被告河田雅彦との間に生じたものは全部被告河田雅彦の負担とし、原告と被告杉原茂雄との間に生じたものは原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告――「被告らは原告に対し各自金一、二五六、〇三九円およびこれに対する被告河田雅彦(以下被告河田という。)は昭和四二年一二月二一日から、被告杉原茂雄(以下被告杉原という。)は昭和四二年八月一九日から、それぞれ支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言

被告杉原――(1)本案前の申立「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」

(2)本案の答弁「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

二、請求の原因

(一)  事故の発生

昭和三九年八月一〇日午後七時五分頃、被告河田は第二京浜国道を立町方面から入江町方面へ向けて普通乗用車(五ね八三四三号、以下被告車という。)を運転走行中、横浜市神奈川区七島町一五一番地先路上において同所を横断歩行中の原告に被告車前部を激突させ、同人をその場に顛倒させ、後記(三)(3)の傷害を負わせた。

(二)  被告らの責任

(1)  被告杉原は、被告車の所有者であり、昭和三九年八月九日被告河田に被告車を一時貸与していたもので、被告車を自己のため運行の用に供するものである。

(2)  被告河田は、前方注視義務を怠り、制限時速超過の時速七〇粁の速度のまま被告車を運転した過失により本件事故を惹起したものである。

(三)  損害

(1)  休業補償 金一二三、〇三九円

原告は事故当時株式会社テリアに勤務し、昭和三九年六月金一二、二五〇円、同年七月金一四、二一〇円、同年八月(一〇日までの分)金四、九〇〇円の給料を受けていた。右三ヶ月の給料合計金三一、三六〇円をその日数である七一で除すると一日金四四一円となる。

原告は本件事故のため昭和三九年八月一〇日から昭和四〇年五月一五日まで合計二七九日間休業し、給料を得ることができなかったので、金一二三、〇三九円の損失を蒙った。

(2)  入院付添費用 金一五三、〇〇〇円

原告の母は勤務し、月額金一七、〇〇〇円の給料を受けていたが、原告の入院期間中(九ヶ月)原告に付き添ったため給料を得ることができなかったので合計金一五三、〇〇〇円の損害を蒙った。

(3)  慰藉料

原告は本件事故により、二七四日間もの入院加療を要する頭部外傷、左肘部・膝部挫傷、両大腿・左肩部打撲症および骨盤・右下腿骨々折の重傷を負った。このことによる精神的損害に対する慰藉料は金九〇〇、〇〇〇円が相当である。

(4)  入院雑費 金八〇、〇〇〇円

入院期間中、氷代、牛乳代、新聞代等の雑費として金八〇、〇〇〇円を要した。

(四)  よって、原告は被告らに対し金一、二五六、〇三九円及び訴状送達の翌日(被告河田――昭和四二年一二月二一日、被告杉原――同年八月一九日)から支払い済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告杉原の本案前の抗弁

原告は、昭和三九年九月二三日被告河田に対して、「本件事故に関しては、いかなる事由があるも訴訟を提起しない」旨の不起訴特約をなした。右は被告河田に対する意思表示ではあるが本件訴訟物につきなされたものであるから、いわゆる絶対的効力があり、被告杉原に対しても効力を生じたものである。

よって、原告の本件訴は、被告杉原につき訴訟要件を具備しない不適法なものであるから、却下さるべきである。

三、被告杉原の請求の原因に対する答弁

請求原因(一)は不知、(二)(1)は否認する。(二)(2)、(三)はすべて不知。

四、被告杉原の抗弁

(1)  被告車の真実の所有者は被告杉原の弟である訴外杉原守也(以下訴外守也という。)であるが、都合により所有名義を同被告としていたにすぎない。

訴外守也は自動車ブローカーである訴外宇梶博に被告車の売却方を頼んでいたところ、昭和三九年八月九日同訴外人が車を買主にみせると言ったので、同人に被告車を引き渡した。

訴外宇梶博は同日被告車を自宅前に駐車しておき、鍵を同人の妻訴外宇梶節子に預け所用のため外出していたところ、被告河田が宇梶宅を訪ね、節子に対し「自分は訴外狩野の友人である。同訴外人から宇梶に話をつけてあるので自動車を貸してもらいたい」旨申し入れたので訴外節子は夫が承知しているものと誤信して、預っていた鍵を渡し、被告車の占有を移転した。

以上のように被告杉原はもともと名義貸与人に過ぎず被告車を運行の用に供していたものではなく、かつ、宇梶博に対する売却依頼および右宇梶から被告河田への被告車の占有の移転については全く同被告の関知しないところであるので、本件事故当時に被告は被告車の運行を支配していたとは言えず、いずれにせよ、運行供用者には当らない。

(2)  仮りに、被告杉原に運行供用者としての責任があるとしても、原告は昭和三九年九月二三日被告河田との間に、「同被告が原告に対し治療費および慰藉料一三〇、〇〇〇円を支払い、原告はその余の債務を免除する」旨の和解契約を締結し右和解における債務免除は連帯債務者である被告杉原に対しても、いわゆる絶対的効力を生じたものである。従って、同被告は何ら債務を負わない。

五、被告杉原の自白撤回に関する中間の争い

被告杉原は、請求原因(二)(1)のうち、「同被告が被告車の所有者である」との事実につき、はじめこれを認めたが、後に、右自白は訴訟代理人自身の錯誤に基づき真実に反するとの理由で、これを撤回し、前記三のように否認する旨の答弁に改めた。原告は右自白の撤回につき異議を述べた。

六、被告河田は公示送達による合式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

七、証拠≪省略≫

理由

一、被告杉原に対する請求について

(一)、被告杉原の本案前の抗弁について判断する。原告の被告河田に対する請求権と被告杉原に対する請求権はいわゆる不真正連帯の関係に立ったものであるが、実体法上二個の請求権であることに疑いがなく、従って原告の被告両名に対する請求および訴訟物も別個である。従って一方に対してなされた実体法上の債務免除が他方にいわゆる絶対的効力を生じるか否かは暫くおきたとえ一方に対し、不起訴の特約が有効に成立していたとしても、その効力が他の被告にも及ぶいわれはないというべきである。よって、被告杉原の本案前の抗弁は主張自体失当である。

(二)、被告杉原が被告車の運行供用者に当るか否かにつき考察するに先立ち、同被告が被告車を所有するとの同被告の自白の撤回の可否に関して中間の争いが存するので、これにつき判断するに、被告杉原は被告車を真に所有する者でなく、単に所有名義の外観が存したに止まると認められること後に判示するとおりであるから、右自白は真実に反するものと言うべきである。このことにつき被告杉原自身の錯誤はある筈もないことであるが、弁論の全趣旨により、被告杉原の訴訟代理人において、右外観(登録名義上は同被告の所有となっている事実)から早合点して被告に直接問い訊すことをせず自白の答弁に及んだものと認めることができる。このような場合に、被告杉原自身に錯誤はなくとも、なお自白を撤回しうるか否か。当裁判所は、自白撤回に関する法理および訴訟代理人の陳述の更正に関する民事訴訟法第八四条の法意に照らし、これを積極に解すべきものと考える。よって、右自白の撤回を許すこととする。

(三)、進んで、被告杉原が運行供用者か否かを案ずるに、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

被告車は、被告杉原の弟である訴外守也が同人の父の経営する自動車修理工場に勤め、給料の代りに父から買って貰ったものであるが、同人は印鑑の登録をしておらず、印鑑証明をとることができなかったため、この登録のある被告杉原の名義を借り、その印鑑証明を利用して自動車所有名義の登録を済ませた。その結果、被告車は、被告杉原の所有であるかのような外観を生じたが、通常訴外守也が使用し、修理代、ガソリン代も同人が支払い、被告杉原は月二、三回借りて運転する程度であった。訴外守也は昭和三九年八月九日午後三時頃その友人の訴外宇梶博に被告車の売却を頼み同車を引き渡した。博は同日被告車を自宅の前に駐車し、鍵をその妻の訴外宇梶節子に預けて外出したところ、被告河田はかねて右博の友人である狩野信義が宇梶方へ自動車を借りに来たのに同道したことがあったので、右事情を知って、狩野には無断で、宇梶方を訪ね、節子に「狩野の友人だが、自動車を貸してほしい」旨述べた。節子は、同人に面識はなかったが、狩野が被告車を使用するものと誤信し、預っていた鍵を同人に渡して被告車を貸し与えた。被告河田は、翌一〇日被告車を運転し江の島へ海水浴に行った帰途、午後七時五分頃、後記の事故を起した。

訴外守也は宇梶博に被告車の売却を依頼するに際し、被告杉原には相談しなかったので、同被告はこのことは知らなかった(≪証拠判断省略≫)。

(四)、右認定の事情の下においては、被告杉原は名義貸与者にすぎずかつ右認定の被告河田が運転するにいたった事情からみれば、かりに平生訴外守也と並んで被告杉原にも被告車に対する運行の支配があったとしても、訴外守也が訴外宇梶に被告車を引き渡して以後は、被告杉原は被告車に対する運行の支配を喪失していたといわざるを得ず、本件事故当時には運行供用者には当らなかったものといわねばならない。従って、原告の被告杉原に対する請求は前提を缺くこととなり、その余の判断に及ぶまでもなく失当である。

二、被告河田に対する請求について

(一)、≪証拠省略≫によれば、原告主張の日時場所において、被告河田は被告車を運転し制限速度時速六〇粁のところを時速七〇粁で進行中、約五〇米左前方を同方向に進行中の車両が減速徐行したが、そのまま漫然前記速度のまま進行したところ、被告車前面道路を左から右へ横断中の原告を約二〇米前方に認め慌てて急制動等の措置をとったが間に合わず、自車左前部を原告に接触転倒せしめ、頭部外傷、左肘部挫傷、両大腿・左肩部打撲症および骨盤・右下腿骨々折の傷害を与えたことが認められる。そして、右認定事実によれば、自車の進路前方を進行する自動車が減速徐行した場合後続車の運転者は当然横断歩行者等を予想し直ちに減速徐行すべき業務上の注意義務があるのに、本件事故はこれに違反した過失によるものであることが明らかである。従って、被告河田は、原告の右傷害に基づく損害の賠償をする義務がある。

(二)、損害

(1)  休業補償

≪証拠省略≫によれば、原告主張事実がすべて認められ、右事実によれば原告は本件事故による休業のため一二三、〇三九円の損害を蒙ったことが認められる。

(2)  入院付添費用

≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故により昭和三九年八月一〇日から昭和四〇年五月一〇日頃まで鈴木病院に入院加療を受けこの間付添看護を要したので、原告の母竹原ふじいが付添をなしたこと、同人はかねて大口病院に勤務し残業手当期末手当を含め一ヶ月平均一七、〇〇〇円の給与を得ていたが、右付添のため退職したので少くとも付添期間九ヶ月分の給与一五三、〇〇〇円の損害を蒙ったことが認められる。

(3)  慰藉料

右認定の事故の態様、傷害の部位程度その他一切の事情を考慮して、原告の精神的苦痛に対する慰藉料は九〇〇、〇〇〇円が相当である。

(4)  入院雑費

≪証拠省略≫によれば、原告は入院期間中氷代等に一ヶ月平均一万数千円の雑費を要したことが認められる。この内原告が被告河田に賠償を求めることができるのは、入院期間九ヶ月に対し一月六、〇〇〇円に当る五四、〇〇〇円の範囲に限られるとするのが相当である。

三、よって、原告の被告河田に対する請求のうち金一、二三〇、〇三九円およびこれに対する訴状送達の効力の発生した日であること記録上明らかな昭和四二年一二月二一日から支払い済みにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分を正当として認容し、同被告に対するその余の請求および被告杉原に対する請求はいずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 荒井真治 原田和徳)

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